コミュニケーションラボを活用した対人援助コミュニケーション技術の教育

―関西学院大学社会学部社会福祉学科における実習前教育− 

(『私情協ジャーナル』用原稿、原稿了 1999年5月18日)


関学方式の実習教育

 関西学院における社会福祉教育は、専門職ソーシャルワーカーの養成に主眼を置いている。1952年開設の文学部社会事業学科の時代から実習は原則通年、またケースを学生に担当させる北米流の実習の進め方は、「関学方式」として知られるものであった。このような実習重視の精神は1960年の社会学部社会福祉コースの設置後も、さらに社会福祉士の国家資格制度が整備された現在も変わるところがない。

 本年4月に開設した社会学部社会福祉学科のカリキュラムでは、1年次から4年次まで一貫した実習・実習前教育体制を敷いている。

 現場での実習の効果を高めるためには、事前の座学と併せて、実地の前の予行演習が大切である。そのために2年次に「社会福祉援助技術演習」のクラスが用意されているが、このクラスでの実習前訓練を効果的に進めるための道具がコミュニケーションラボである。コミュニケーションラボでは、独自に開発したDVD(デジタル・ビデオ・ディスク)映像教材が利用できる。映像には、プロの俳優を用いて制作した様々な福祉現場での面接場面が収録されている。学生は、このようなドラマ仕立ての映像を利用しながら、面接技法の観察や分析を行う。また、学生自身が福祉サービス利用者役、援助者役、観察者役などを交代に行う模擬面接(ロールプレイ)も観察・録画できる。コミュニケーションラボ全景写真3名が一組となって利用するラボの学生用ブースには、教材ビデオ送出用DVDプレイヤーに加えて、2台のビデオカメラとその映像を一つに合成するためのスイッチャー、モニター、録画用ビデオデッキが収められている。このようなブースが8セット配置されている(写真1:コミュニケーションラボ全景)。

 実習事前教育の手段としてのコミュニケーションラボ(以下ラボと略)は、1987年度以来進めてきた研究開発の成果であり、現在のラボはその第3世代にあたる。ここで、これまでの研究開発の跡を簡単にふりかえってみることにしたい。

2)初代コミュニケーションラボはマルチメディアCAIをめざしていた

コミュニケーションラボの原型は、1987年度の文部省私学助成(総額3億円)により設置したマルチメディアCAI教室と、その教材開発に関する研究から生まれた。「CAI(Computer Assisted Instruction)」という名が冠されていたように、初代のコミュニケーションラボ(写真2参照)は、パソコンとレーザーディスク(LD)プレイヤー、およびLAN上のデジタル音声メモリを利用して、基本対人援助技術の学習を行うハイパーメディアシステムとして設計され、運用された。

初代コミュニケーションラボ(マルチメディアCAI)写真 教材開発は以下のような手順で進めた。まず、サービス利用者と援助者との間の面接場面をあらかじめビデオに録画し、編集を加えた後でレーザーディスク化した。その後、面接プロセスの一コマ一コマについて、専門家がどのような知識を活用し、判断を行っているのかを分析した(立木・倉石・中川、1990)。このような分析から抽出された面接のルールを、学習者に問うような形で教材(コースウェア)のプログラミングを行った(立木・倉石・中川、1991)。初代コミュニケーションラボの学習風景はCAIそのものであり、LDプレイヤーから流される面接映像を見ながら、コンピュータが出題する四択問題などに適宜解答してゆくものだった。

だが、総額3億円の予算、マルチメディアCAI教室関連だけでも6千万円近くの機器類を投入したにもかかわらず、初代コミュニケーションラボは不評だった。「対人コミュニケーション」を学ぶというふれこみにも関わらず、学生はパソコン画面と首っ引きになることが強いられた。しかもこれは10年以上も前の話である。「パソコン」と聞いただけで萎縮する福祉専攻の学生が続出した。おまけに、せっかく援助技術の専門家である教員がいるにも関わらず、生身の教員の出番がなかった。そのため教材開発を続行させる意欲が教員の側で薄れていった。これは教材開発上致命的であった。公的助成金は、ハード機器の設置には気前がよいが、教材作成などのソフト開発関連には使用がむずかしい。そのため、コースウェア開発は、ひとえに教員側の熱意に頼ったいたからである。その教員の熱意が数年で息切れしたのである。 

3)コントロール志向からコネクション志向ラボへ

 初代コミュニケーションラボの開発研究が、ある種の停滞に陥った1990年のはじめ頃から数年間、筆者は文部省科学研究費重点領域研究『情報化社会と人間』で、「情報化と大衆文化」研究プロジェクトに参加した(立木、1992)。この研究から、情報機器には大きく2つのイメージが存在するという仮説が導きだされた。一つは、「機械によって情報環境を自分の意志で自由に操る」コントロール志向のイメージ、もう一つは「メディアを通じて友達とのコネクションの機会やその自由度を高める」コネクション志向のイメージである。さらに質問紙調査から明らかになったのは、カラオケには情報化社会のイメージをコントロール志向からコネクション志向へと変化させる誘因の働きがあることであった。

 コミュニケーションラボは、他者とのコネクションの方法や態度を身につけることを目的にしている。けれども、初代コミュニケーションラボでの実際の作業は、機械との対話を通じて自分の情報環境を操ることに力点が置かれていた。まさにコントロール志向の典型であり、そこにミスマッチがあったのである。

 科研費でのカラオケ研究が終わる頃に、筆者は神戸市社会福祉協議会から、社会福祉の現場職員のスキルアップを目的にしたカリキュラムの開発と提供について委嘱を受けた。その中で、援助的コミュニケーション技術の訓練を目的とした第2世代コミュニケーションラボの開発が現実化した。ただし、初代ラボのようなパソコンを操るイメージは捨て去った。むしろ、カラオケのように、映像シーンを自由に選択できる道具、あるいはロールプレイをビデオ撮りできる道具が基本のコンセプトになった。

現実的なラボ全体の予算配分についても、初代ラボの轍を踏まないように考えた。その結果、予算総額2千万円のうち機器類は家電品を用いてコストを下げ、できるだけ多くの予算を映像教材開発に回すようにした。その結果、予算の過半以上を映像教材の脚本づくり、プロの俳優(4名)や演出家およびカメラマンを用いるための制作費に振り分けたのである。

コミュニケーションラボ利用風景このようにして設計された第2世代ラボの教育効果については、ラボ受講者からなる実験群と、何も訓練を受けなかった比較群を用いた実験計画によって検討を続けてきた。開始後2年間のデータからは、ラボ受講者の面接技能が訓練の結果高まったこと、比較群ではそのようなことが観察されなかったこと、両群の変化の差は、統計的に意味のあるものであることなどが分かってきている。

 現在社会学部社会福祉学科に設置されているのは、そこでの経験をふまえて開発された第3世代目のラボである(写真3参照)。教材開発の上で、一番大きな違いは、より豊富な福祉場面を想定し、サービス利用者と援助者の面接が時間的に展開してゆく様をドラマ仕立てでじっくりと収録した点である。

 第2世代ラボでは、2枚組のLD上に10秒前後のサービス利用者からの発言を多数収録していた。この細切れ映像に応じて学習者が適切に受け答えできるようにすることが、訓練課題になっていた。これに対して第3世代ラボでは、開始・展開・終結と進む面接の時間的な流れの全体が分かるような映像素材になっている。これによって、現場での活動に時間的な見通しを与えることに力点がおかれた。一方、面接技法の練習では、ロールプレイ面接の自己分析や相互分析、あるいは教員からのフィードバックなどを、より重視することにした。

 これらは、第2世代ラボにも散見されたコントロール志向の情報環境イメージを、さらに積極的に払拭し、コネクション志向の情報機器としての性質をより鮮明にするという意味をもっている。

 第3世代コミュニケーションラボの教育効果に関する実験研究は、本年度より始まったばかりである。今後数年間かけて、実験群・比較群を用いた実験計画を通じて、ラボの効果を測定する計画にしている。



 【注】
 本稿は『私情協ジャーナル』に寄稿した原稿の元になったものである。発表稿との相違は、字数制限のために削除した箇所を、本稿では復活させている点である。

【参考文献】 

立木茂雄・倉石哲也・中川千恵美(1990)「社会福祉対人援助技術教育のためのハイパーメディアシステム構築に関する研究」『社会福祉学』日本社会福祉学会31巻 1号

立木茂雄・倉石哲也・中川千恵美(1991)「社会福祉対人援助技術教育のためのハイパーメディアシステムのプロトタイプ開発に関する研究」『社会学部紀要』第63号

立木茂雄(1992)「大学生のもつ高度情報化社会イメージの決定軸について:家庭内における情報・メディア機器の利活用調査から」平成3年度文部省科学研究費補助金(重点領域研究1) 『情報化と大衆文化』(研究代表佐藤毅)研究成果報告書

立木茂雄(1993)「カラオケと情報化社会イメージの変容:モビル・スーツからドラえもんへ」『現代のエスプリ−情報化と大衆文化』312号


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