立木茂雄「災害ボランティアの組織化:阪神・淡路の体験は重油災害ボランティアにどう活かされたか?」日本心理学会シンポジウム報告(関西学院大学)1997年9月17日


1)市民が公共性をつむぎ出す

 130万人以上の救援志願者が駆けつけた阪神・淡路大震災、三国町・美浜町だけで4万人以上(2月末現在)が駆けつけた日本海重油災害、これらは今後の日本社会や日本人の行動様式を占う意味で象徴的な出来事である。地元の自治体の対応能力を超えた災害が生じた時、マスコミ報道を通じて全国から救援志願者が被災地を訪れ、彼ら自身の手で人員や業務のマネージメントが行われた。一方、霞ヶ関の官僚による事態の対応は、前例や慣例に捕らわれ後手後手に回った。

 フィランソロピーや非営利・非政府活動は大正期に萌芽があった。しかしながら、その後50年近く日本は官僚主導による中央集権的体制のなかで、公共性の創生やそのノウハウが政府により独占される事態が続いてきた。災害時に自然発生的に生まれた救援志願者たちの行動の跡を追うことにより、「市民による公共性のつむぎ出し」のノウハウを積み上げ、行政と市民との間の知恵のギャップを埋める作業が必要である。

2)災害ボランティアの位相

 災害救援には位相(フェーズ)がある。1)開始期は、興奮や高揚感に特徴づけられ、通常の役割演技から、災害という新たな現実構成に基づく即興的な役割づくりが求められる。2)展開期になると、現場のニーズが手段的・緊急的対応から、表出的・社会的な対応を求めるものへと変化する。グローバルに考え、足下から行動を起こす姿勢が重要となる。3)終結期の課題はいかにして緊急救援を終え、より継続的な日常支援体制を確立するかである。終結期に特徴的に見られるのは、ボランティアの動員低下と、スタッフの疲労や幻滅感、対人的な葛藤などから生じる危機的事態ストレス症状である。そのため体験聴取(ディブリーフィング)や信管はずし(ディフュージング)、直面化(コンフロンテーション)などを通じて、スタッフが日常の現実に戻れるよう支援する必要がある。これを怠ると「燃え尽き」や「居残り」現象が起こる。

3)伝承されたマネージメントのノウハウ

 救援ボランティアが阪神・淡路大震災で学んだマネージメントの極意は以下の6点である。1)救援志願者は被災地の自治体や人々の資源に頼るのではなく、自律的・自己完結的に活動する必要がある。2)先着・長期滞在ボランティアによる後続ボランティアの受け入れ体制づくりを進める。その人事・労務管理が地元受け入れ組織の主要業務である。3)行政とボランティア組織とは山嵐のジレンマ関係にあり、没交渉ではいられないが、あまり近づきすぎると行政の論理にボランティアが飲み込まれたり、深刻な排斥が生ずる。4)ボランティア側が自律性を維持するには、横断的なネットワークを形成し、その中に行政組織やその他の資源所有者(パトロン)を巻き込むことで行政との関係を相対化させるとともに、自らの公益性のかさ上げを図る。5)ネットワークを維持するためには日常的な媒介・調整を専任で行うインターメディアリーが必要。6)災害救援には必ず引き際がある。位相の推移を意識し、展開や終結の見通しを持ちながら活動を組み立てる。これらの点は、災害直後現地に駆けつけた神戸ベテランズからの直接伝授により、三国町の重油災害ボランティアの受け入れで活かされた。一方、このようなノウハウの充分な継承なしに立ち上がった美浜町では、深刻なスタッフの疲労・疲弊が起こり、また行政の下請け化により活動は尚早に終結された。

4)インターネットと災害ボランティア

 重油災害時には小さな手作りのホームページが、日本・世界から10万件を越えるアクセスを受けた。テレビも新聞も、ボランティアの動員という点では、このインターネットのホームページにかなわなかった。神戸の震災後も、市民がFM放送局を始めたり、ケーブルテレビの番組制作を始めたりと、コミュニケーション的勢力を市民自らが紡ぎ出す活動が見られた。この動きは、これまで近代社会が苦心しながら築いてきた大きな組織と小さな個人の関係、中央と地方との関係、国家と市民との関係、公と私の関係を根本的に揺るがすものとなるだろう。

 一人の個人が10万人の人を動かすことの可能性を実証した今回の事件は、同時に一人の人間が巨大なコミュニケーション装置を手に入れることによって大衆を操作できる危険性も示した。かといってこのような電子メディアを封印することはもはや出来ない。そのような電子メディアの危うさやその正しい活用の仕方について考えることが急務の課題であることも明らかとなった。


キーワード:ボランティア、災害救援、阪神・淡路大震災、日本海重油災害