立木茂雄「震災ストレスと家族システムの対処に関する計量的研究」(『阪神大震災と社会学(仮)』所収予定、98/05/20


阪神・淡路大震災以後、PTSDという4文字が急速にクローズアップされた。Post-Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)とは、戦争や犯罪、大災害など生命にかかわる危機を体験をした人々に生ずるストレス障害である。PTSD患者は、往々にして感情障害、気分変調、アルコールや薬物依存、不安障害、人格障害などとも診断される。このような診断のなかに含まれるPTSD患者も考慮にいれた全米規模の罹患率調査(1996年)によれば、PTSD発症率は通常の災害事故の場合に男性で5%、女性で10%であると推定されている。

心的外傷を体験した者が全てPTSDになるわけではない。が、被災者のほぼ全員に、@再体験、A否認あるいは心的マヒ、B覚醒亢進という特有の心的外傷後ストレス反応が生じる。そのなかには、被災体験から1ヶ月以上たっても、再体験と否認や心的マヒという二相症状を交互に繰り返し、さらに覚醒亢進が持続するために、正常な社会生活に支障をきたす者が現れる。これが精神科疾患としてのPTSDである。

心的外傷を負ったものは、自らを病んだものと見なす専門的治療関係を望まない。林春男のグループは、阪神・淡路大震災後に行った大規模サンプリング調査の中で、被災地域の住民に、悩みや心配事はどのような人に相談したのかをたずねた。その結果、精神科医やカウンセラーなど専門家に相談したと答えた住民は、回答者の8%程度であった。大多数の被災者は、家族、親せき、友人といった支援者によって自然に悩みが受け止められていた。オチバーグは心的外傷体験者への援助について以下の3原則をあげている。

 (1)症状のノーマライゼーションの原則。心的外傷後に生じる特有のストレス症状により、災害被害者は「自分は普通ではなくなった」という強い不安感をもつ。この場合支援者は「生命が脅かされるほどショッキングな事件に遭遇したときに、生物としてのヒトはもっとも原始的な適応反応を示す。それが今あなたに起こっていることです。こうしたストレス反応のおかげで、人類は現在まで種を保存することができたのです」と伝える。ストレス反応が今ここで生じている事実こそ、正常な癒やしのプロセスがすでに始まっている証拠であるむねを伝え、現在の状況の意味や今後の展開について見通しを与える。

 (2)協働とエンパワーメントの原則。心的外傷後ストレスからの回復の過程で被災者は、再体験、回避、覚醒亢進、罪障感といった特有の反応を示す。この最良の癒やし手は、被災者自らであり、さらには被災者と日常接する非専門的な支援者たちである。一方、専門家は症状を明快に記述し、説明し、癒やしへと至る時間の流れのなかに現在を位置づける。両者はそれぞれの役割を自覚し、被災者自らの力を高め、尊厳や有能感を回復するという共通の課題のために協働するのである。

 (3)個別化の原則。心的外傷から回復する過程は個人により千差万別であることをあらかじめ知っておく。と同時に、他者との違いは価値あることとして認める態度が必要である。支援者は、一般的な方向や起こしやすい間違いについては意識するものの、被災者個人の固有の道筋をとともに歩みながら、常に新しい小径を発見する姿勢が大切である。

災害ストレス反応を、災害刺激に対する病的な反応と単純化しない。むしろ個人とその環境との間の相互作用に目を向け、ストレス反応のもつ肯定的な意味にも注意を払うことが大切である。震災のショックやストレス症状にも関わらず、あるいはむしろストレス症状のゆえに、人々は必要な対処資源をエンパワーし困難を生き延びた。震災のショック、災害後の生活の困難さ、母および幼児の心的外傷後ストレス反応、そして母親個人の対処や家族システムの資源性など諸要因の間には、複雑な相互関連性が存在するのである。心的外傷後ストレス反応を広くエコロジカルな視点からとらえる。これが本稿の基本的な立場である。そのような観点から震災によるストレス、およびその対処のプロセスを考察したい。

 

方法

調査対象

神戸市教育委員会が阪神大震災以後、公立幼稚園10園および私立幼稚園8園で実施した「被災幼児の心のやすらぎ保育」に参加する幼児とその母親を対象とした。対象となった幼稚園は東灘、灘、中央、兵庫、垂水の5区に位置する。配布は1995年11月第1週。質問紙配布数865、回収数445(51.4%)、有効回答数は438名であった。

測定用具

 1)子ども版PTSD症状尺度。神戸市児童相談所が子どものPTSD症状の度合いを測定するために、DSM-IVを参考に作成したものである。PTSDに関する主な症状全てを含む。項目数は21項目。今回の調査での内的一貫性信頼性係数(クロンバックのα)は0.79であった。

2)母親版Impact of Event Scale(関西学院版)。母親が震災からどのくらい心理的な衝撃を受けたかを測定する。 ホロウィッツらが作成したImpact of Event Scaleを阪神大震災の文脈に合うように翻訳した。PTSD症状の主症状である回避と再体験という2つの下位概念を測る。回避反応8項目、再体験反応7項目の全15項目からなる。内的一貫性信頼性(クロンバックのα)は回避反応が0.78、再体験反応が0.87、総項目では0.88であった。

 3)暫定版BASIC-Phストレス対処スタイル評価尺度(関西学院版)。 震災という危機に際し、母親自身がどのような対処資源を活用したかを測定する。ラハドとコーヘンは、人が動員する対処資源を、Belief(信念・信条)、Affect(感情)、Social(社会的サポート)、Imagination(想像的)、Cognition(認知的活動)、Physical(身体的活動)の6つに分類した。BASIC-Phとはこれらの対処資源の頭文字をとったものである。暫定版BASIC-Phストレス評価尺度の項目数は全21項目で、今回の調査での各下位概念の内的一貫性信頼性(クロンバックのα)はBelief(.62)、Affect(.56)、Social(.51)、Imagination(.42)、Cognition(.65)、Physical(.54)であった。

4)家族システム評価尺度FACESKGIII(Family Adaptability and Cohesion Evaluation Scale at Kwansei Gakuin,version 3)母親版。オルソンの円環モデルに基づいて、家族機能度をきずな(cohesion)・かじとり(adaptability)の2次元から測定する。きずなとは家族成員が互いに対して抱く情緒的なつながりを意味する。かじとりとは状況的あるいは発達的なストレスに対して、夫婦・家族システムの権力構造や役割関係・ルールなどを柔軟に変化させる能力のことである。円環モデルでは、きずな・かじとりとも、中程度の水準にある際に家族システムの機能度が最適になると想定する。逆に、きずな・かじとりとも極端に高すぎたり、あるいは低すぎる場合には、家族機能度が低下すると考える。つまり、きずな・かじとりと家族機能度とはカーブリニアな関係にあるとするのである 。

FACESKGIIIは、円環モデルの構成概念を日本の文化・社会に適合させることを目的として独自に開発を行ってきたFACESKGシリーズの第3版であり(現在は第4版が入手可能である)、オルソンらのオリジナルのFACESシリーズやFACESKGの第1・2版と異なりサーストン等現間隔尺度を採用している。これにより、きずな・かじとり次元と家族機能度のカーブリニア関係をより忠実に捉える道が開かれた。FACESKGIII母親版の信頼性の推定値(R2を利用した)は、きずな・かじとり尺度とも0.45である。

5)地震後生活環境評価尺度(関西学院版)。震災直後の人々が置かれた生活困難をたずねる尺度。震災による被害の程度や喪失、そしてライフラインの復旧までの時間などに関する15項目からなる。

 

結果

 

生活困難さ

 回答者の大多数は震災後、多大な生活困難を体験していた。回答者のうち、震災による家屋の損傷が免れたのは全体の11.4%(50名)に過ぎない。55.6%(243名)は、一部損壊、21.7%(95名)は半壊、11.0%(48名)は全壊の被害であった。

震災による喪失が心的な影響を及ぼすことが考えられるが、今回の調査の被験者では、「同居の家族を亡くした」は4(3.0%)、「親類を亡くした」は22(5.0%)、「友人を亡くした」は23(5.3%)いた。「生計を立てていた仕事を失った」は21(4.8%)であった。また、大事にしていたもの(趣味であつめていたもの・かわいがっていたもの)を失ったと答えた者は144(32.9%)に上った。

 震災直後については、「しばらく閉じこめられていた」が13(0.2%)、「すぐに家族といっしょに避難した」が194(44.3%)であった。避難していて期間は、19日が最も多く、227(51.9%)を占めたが、「2カ月以上避難した」が44(10.1%)、「3カ月以上避難した」が30(0.7%)だった。避難場所としては「親戚の家」がもっとも多く201(46%)、「避難所」は47(34%)、「知り合いの家」14(3.1%)であった。地理的には、被災地外の避難先が143(32.6%)。被災地内が128(29.2%)であった。なお不明が167名と多いのは、被災地の内外を行ったり来たりした人が多かったことを示すものと思われる。

 ライフラインの復旧の遅れについては、電話や電気は比較的早く回復している。しかし、水やガスに関しては、回復までに1カ月以上かかっている世帯が過半数を越えていた。

 

子どものストレス症状

子どものストレス症状の特徴をPTSD症状尺度(神戸市児童相談所版)の各項目から見る。「たびたびある」・「いつもある」と答えた者が10%を越えた項目は5.「親と一緒でなかったり、明かりがついていないと寝床に入れない(不安・退行)」(30.5%)、21.「他の子どもの世話をしようとすることがある(過剰適応)」(23.4%)、4.「家族や友人と一緒でないと不安そう(不安)」(21.4%)、15.「ひどく甘えたり、わがままを言うことがある(退行)」(13.7%)などであった。

 次に、ストレス症状得点の分布を調べた(図1)。縦軸はストレス尺度のトータル値を、横軸はそれぞれの度数を示している。平均値は11.2点(SD=8.2点)となり、子供たちの大半は低い得点域に集中していた。しかし、さらに分布の探索的データ解析を行うと、そのなかでも全体の分布からかけ離れて高い値(今回は32.5点以上)を越えるものが438名中11名(2.5%)いた。この11名については、ストレス症状が調査時点でも深刻であり、専門家による援助が必要と考えられた。

 

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図1 子どものストレス症状の分布(Distribution of Children's

Stress Symptom Scale scores)

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母親のストレス症状

 母親の震災ストレス反応の特徴を関学版Impact of Event Scaleの各項目からみていく。「たびたびある」か「いつもある」のどちらかに答えた人が特に高かったのは14.「地震に関係するものを見るとどんなものでも、あの時の感覚がよみがえった」(29.7%)、1.「そのつもりがないのに、地震の起こった瞬間を思い出すことがある」(19.8%)、5.「震災について考えると何度も強く感情の波が押し寄せた」(18.4%)、といった再体験反応の項目であった。

母親のストレス症状得点の分布が図2である。平均点は10.9点(SD=10.8点)となった。全体的に見ると、低い値に集まっていることが分かる。ホロウィッツらの報告によると、Impact of Event Scaleの得点は、一般女子医学生サンプルでは平均12.7点(SD=10.8点)、ストレス外来女性患者では平均42.1点(SD=16.7点)となっている4。従って、全体の代表値で見る限り調査回答者の半数以上は、一般サンプルと変わらない得点であった。しかし、かけ離れて高い得点を示した者が36名(8.2%)いた。これらの母親たちは、治療が必要なほどストレス症状が深刻であると考えられる。また36名という重症事例の数は、子ども(11名)と比べて3倍以上も大きい。震災後1年を経った時点では、子どもよりもむしろ母親のストレス症状のほうが深刻であることが示唆された。

 

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図2 母親のストレス症状の分布(Distribution of mothers’ Impact

of Event Scale scores).

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震災ストレスと対処のエコロジー

@家屋の倒壊やライフラインの遮断といった震災による生活困難さ、Aそれに対する個人や家族の反応、そしてB個人や家族システムの対処資源のエンパワーメントとその効果といった要因間の因果関係について共分散構造分析を用いた因果モデリングを行った。データとして用いたのは、生活困難さ(ストレッサ)、母のストレス反応、子のストレス反応、母の対処反応(信念、感情、社会的、認知的、身体的)、家族システムのきずな、かじとり(偏差平方)の10変数である(表1参照)。なお、母の対処反応のうち想像力については、十分な信頼性が得られなかった(α=0.42)ために分析から除外している。これら10の観測変数に加えて、構成概念(潜在変数)を演繹的に想定し、構成概念(潜在変数)と観測変数との関係(測定方程式モデル)、そして構成概念(潜在変数)間の因果関係(構造方程式モデル)について多数のモデルを仮設し、その中で与えられたデータの分散共分散行列に最もよく適合するモデルを比較検討するのが因果モデリングの目的である。

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表1を挿入

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 表2は、比較検討した因果モデルを抜粋し、適合度の各種指標を示したものである。モデル1は、1996年3月の時点で最も適合度が高いと判断された作業モデルである 。このモデル(以下モデル1)が、本稿のための因果モデリングの出発点となった。

 

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表2 震災ストレスに対するエコロジカル・モデルの適合度の指標

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モデル1では、母親の対処資源としての感情(Affect)を分析に含めていない。これは、因果モデリングの過程で「感情」項目の大部分が「対処」というよりは、むしろ「ストレス症状の感情による表出」を表していると判断されたためである。さらに、モデル1は、観測変数に含まれる残余項間の相関も想定していない。そこで、感情を観測変数として分析にふくめ(ただし潜在変数からの影響は無いと想定している)、きずなとかじとり(偏差平方)の残余項間に相関を想定した。このモデルは大幅に適合度が高まった(表1因果モデルの比較、2行目のモデル2参照)。

モデル2は、適合度の上では優れているが、因果モデルの理論的な妥当性に難点がある。その理由は、@感情という観測変数がどの潜在変数からも影響を受けないと仮定している。Aかじとりは外生変数として想定されており、従ってかじとりへの残余項を方程式上に実現するためにダミーの潜在変数から影響を受けると仮定した(ただしその影響は0としている)。以上2点が理論モデルとしての合理性に難点を与えている。

モデル3は本稿が最終的に採択した因果モデルである。モデル3の適合度は、表2に見られるように、自由度調整済みGFI(AGFI)を除く他の指標ではモデル2よりもさらに高くなっている。しかもモデル3では、感情およびかじとり(偏差平方)の観測変数を「ストレス反応・家族資源性動員」概念(演繹的に仮説された潜在変数)に属すると想定した。これにより、母親の感情表出をストレス反応として解釈することが可能となった。さらにかじとり(偏差平方)ときずなの残余項間の相関についても、それがストレス反応に対する家族資源性動員を促す外在的な要因として解釈できる(詳しくは後述)。

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図3 モデル3のパス図による表現

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モデル3をパス図で表現したのが図3である。楕円は構成概念(潜在変数)を、四角は実際の観測変数を表している。楕円間に引かれた太線の矢印は、構成概念間の因果の構造を示す。矢印に添えられた数字は標準化されたパス係数であり、因果の影響力の強さを表している。また、構成概念(楕円)から実際の観測変数(四角)に下ろされた細線の矢印と係数は、概念がどの程度実際の観測変数に反映されているか(因子負荷量)を示している。

モデル3によれば、震災によって引き起こされた生活困難は、母親に心的外傷後ストレス反応や(因子負荷量.57,固定値)、つらさの感情表出(因子負荷量.27, p<.20)を引き起こす。と同時に、家族システムにはきずなの上昇(因子負荷量.27p<.05)や、かじとりの混乱(偏差平方の上昇、つまり中央の最適点から極端側への逸脱)を生む(因子負荷量.10, p<.20)。しかし、きずな・かじとり(偏差平方)の両変数に対する残余項間の負の相関(r= -.21, p<.05)に注目すると、以下のような解釈ができる。家族のきずなが高まることと(それは生活困難によって引き起こされる)、かじとりの偏差平方が縮まる(つまり最適の水準に押し戻し、状況への変化対応力を高める)こととの間に有意な関連性が見られる。つまり、家族のかじとりは、生活困難さにより多少混乱するが、同時にきずなの上昇を生む要因との関連性から、より中庸な水準へと最適化する力も生ずる。以上のことから、「ストレス反応・家族資源性動員」因子は、母親のストレス反応と家族資源性の動員が同時に生起するプロセスとして解釈できるだろう。震災のショックによるストレス反応にも関わらず、あるいはまさにそのストレス反応のゆえに、きずなやかじとりという家族機能が活性化されたのである。

モデル3によれば、生活困難さ(ストレッサ)は、子どものストレス症状に直接結びついていない。いくつかのモデルでは生活困難ストレスを直接子どもの症状に結びつけてみたが、モデルの適合度は低く、またパス係数も有意にはならなかった。生活困難さは家族システムのストレス反応や家族資源性の動員にのみ影響を与えている(パス係数=.25, p<.05)。それでは、子どもにとってのストレス源とは何か。それは、母親のストレス症状や感情表出などによって示される家族システム全体のストレス反応である(パス係数=.42, p<.05)。家族システムが不安定であること(母親のストレス反応や感情表出が過多であり、きずなが高まらない、あるいはかじとりが最適点の中庸水準に近づかない)、それ自体が子供には直接的なストレッサになっていたのである。

では、子供のストレス反応を緩和する直接の資源とは何だろう。モデル3(図3のパス図)によれば、「ストレス反応・家族資源性動員」により母親の対処反応因子(信念・信条、社会的サポート、認知的活動、身体的活動など)が活性化されている(パス係数=.28, p<.05)。活性化された母親の対処反応が、子供のストレス症状の緩和(パス係数=-.16, p<.05)に利用されていたのである。

 

考察

 

今回の調査からは、子どものストレス症状の形成に影響を与えるものは、災害ストレス刺激そのものよりも、むしろ家族システムのストレス反応と、それに対する家族資源性動員の間のアンバランスであることが示唆された。つまり、子どものストレス症状の予防には、母親へのサポートを強化し、母親自身や家族システム全体の安定性を回復することの重要性が確認された。

ところで、その母親たちであるが、自分自身へのサポートはどのようにして手に入れているのかについて、1996年3月の作業モデルに基づく考察は悲観的であった。

 

...しかし、今回の調査を見ると、母親のストレス反応を緩和するものとしては、これら(きずな・かじとり)両次元ともが有効な資源とはなり得なかったようである。震災による生活困難は、家族全員の「きずな」を高めることは確認された。しかし、因果モデルの分析からは、これらはストレス刺激に対するリアクションであり、ストレスを和らげる資源とはならないことが示された。「かじとり」に関しては子どもへの資源として、家族のもつ環境に対する適応力がなく、硬直している訳ではなく、また行きあたりばったりのてんやわんやの状態ではないといった、適度にバランスのとれている状態、つまり中庸である時に有効な資源となることが示された。しかし、母親への対処資源にはなり得ていなかった12112ページ)。

 

上記のように嘆息する一方で、自由記述欄の回答をKJ法によってカテゴリー化し、コレスポンデンス分析を用いてカテゴリー間の関連性を検討した坪倉らの報告では、母親の対処行動(BASIC−Ph、状況の肯定的意味変換、物質的対処資源の活用)と、家族のきずなの上昇やかじとりの柔軟さなどとの間に高い関連性を見いだしていたのである。今回の因果モデリングの結果(モデル3)は、坪倉らが示唆した関連性を、因果モデルの形でより強力に裏付けることになった。家族のきずなの上昇とかじとりバランスの回復(偏差平方の縮小)との残余項間の負の相関こそ、1996年3月の時点では見落としていた重要なポイントだったのである。なお残余項間相関とは、きずなとかじとりのバランス間の関連性が、「ストレス反応・家族資源性動員」因子から直接説明されるものではなく、それ以外の外生要因が存在することを暗示している。つまり残余項間の相関は、ストレス事態によって事後的に誘発されるというよりは、家族システムの資質として本来的に備わっているものと理解できる。

吉川は、今回の震災直後に子供のストレス症状を主訴として、家族療法クリニックを来談した症例についてふりかえっている。これらの症例に共通するのは、@子供の症状の原因が「震災」という外的な要因にあると全員が認識していること、Aそれ故に子供や子供の症状に否定的な感情をもっていないこと、そしてB「治療者に治療を依頼する」のではなく、「自分たち家族が患者を援助する」ための方法を獲得しようとしていたことであった。これらの家族の60%(18例)について、吉川はFACESKGVを実施している。震災前と現在とをふりかえって、家族のきずながどのように変化したかをたずねたところ、全ての症例できずなの上昇が見られた。また家族への援助では、2〜3回の面接で新たな相互作用が生まれたと報告している。これは、変化に対応して自分たちのシステムを変化させる能力(かじとり)が、面接開始からすでに最適領域に近いところにあったことを伺わせるものである。震災によるストレス反応を示した家族では、きずなの上昇と相前後して家族のかじとりのバランスを最適化する力が生じやすいという吉川の報告は、今回の調査結果が注目したきずな・かじとりバランス間の残余項相関の働きを臨床的に裏付けるものでもある。

オチバーグは、心的外傷後ストレスの治療を一言でいえば「システム内部からの贈り物(Gift from within)」に専門家が目を向けることだと結論づけている。なぜ「専門家が治療を提供する」という臨床モデルではなく、「家族が内なる力を動員して成員を援助する。外部の援助者はパートナーとして協力する」という前提に立つストレスケア・モデルが、震災当初に専門援助者のとる立場として有効であるのかを説明する鍵が、今回の調査結果から浮かび上がった。家族には、自らを癒す内なる力が備わっていたのである。

生命に危害を及ぼすと感じられるほど激甚なストレスに遭遇し、家族の成員はストレス反応や症状を呈した。だが、むしろその症状のおかげで危機的事態を乗り切ることができた。しかも、ストレス反応と前後してきずなの上昇や変化への柔軟な対応力(かじとり)といった家族資源性がエンパワーされた。これが基盤となって母親自身の内的・対外的資源活用の小径(パス)が開かれ、結果的に幼児たちはストレスから守られたのである。

前述のオチバーグは、心的外傷後ストレスへの援助の原則として、最後に「個別化」をあげている。たしかに大多数の家族については、症状をノーマライズし(原則1)、協働とエンパワメント(原則2)の立場から関わるべきである。と同時に、心的外傷から回復する過程は個人により千差万別である。とりわけ、深刻な心的外傷ストレス症状を示した約8.2%の母親たちについては、個別化(原則3)がとりわけ重要となる。我々の家族調査とほぼ同時期に実施された林らの大規模サンプル調査でも、専門家に心の悩みをうち明けたと回答した者が8%いた。また、米国のPTSD罹患率調査(PTSD発症率が女性では10%、男性では5%)もふまえると、約1割弱の被災者(とりわけ女性)については、より専門的に踏み込んだ臨床的ケアが必要であったことが示唆される。

オルソンの円環モデルを用いて、重症のPTSD患者家族への家族療法を行ったフィグレイは、高度に異常なストレス刺激にさらされた時、家族には相互の慰めや情緒的な支援のために互いに強く引き合いたいと願う傾向が生ずる。この相互作用はストレスを逆に増大させる。またかじとりに関しても、危機に際して右往左往する(かじとりがてんやわんやになる)傾向が強いと報告している。このような重症事例こそ、専門家が臨床モデルを駆使して関わる本番なのであろう。


参考文献

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